えっまた?恋ばな「縁切り寺の跡取息子」「縁切り寺の跡取息子」私が言葉を始めて発したのは、1才半だった。早い方なのかは良く分からない。でも、初めての言葉は随分変わっていたらしい。「まま」でも「ぱぱ」でもなく、「あか いと」だったというのだから。 ということは、1才半頃にはすでに、見えていたのだ。見えていて、それが何なのか、聞きたくてしょうがなかったのだと思う。あのいまいましい「赤い糸」が。ということは、産まれつきの障害か、天性の才能かのどちらかだ。どっちでもいいけど。母は、「赤い糸」が何を意味するのか、わりとすぐに分かったらしい。母と父の小指を持って、私が「あか いと」と言ったから。そんなもの教えようがない1才児が言うのだから、「運命の赤い糸」がどうやら本当に見えているらしい、と確信した母は、あわてて私に口止めをした。私が「赤い糸」と言おうとすると、きまって口をふさぎ、物心ついたら、何度も言われた。 「ちーちゃん、赤い糸が見えない人もいるんでしょう。その人に、赤い糸がないっていうことは、結婚をしないということだと思うの。あなたは結婚しませんよっていうのは、とてもいけないことよ。」 それから、そっと一度だけ聞いた。 「ちーちゃんには、あるの。みーちゃんには。あるの。」 私は2度うなずいた。みーちゃんは、4つ上の姉の美絵のことだ。ほっとしたように母は肩を下ろして、 「糸の話は、もう二度としないようにしましょう。」 と言った。 だから、誰にも言っていないし、この年になれば、どうして言ってはいけないのか充分わかる。 高校を今のところに決めたのは、なんとなくだ。別に、赤い糸をたぐりよせたわけじゃない。でも、私は出会ってしまった。私の小指とつながれている相手を。 「千絵。次の体育、3組と一緒だってよ。」 同じクラスの奈々が報告に来た。 「えーっやだ。さぼる。」 「また?よっぽど神宮が嫌いなんだね。」 「大嫌い。もう、生理的に、見るのも、同じ空気を吸うのもいや。」 「それ、嫌いすぎー。そういえばさー、神宮って縁切り寺の跡取なんだってー。超ウケるー。」 きゃらきゃら笑う奈々を横目に、私はジャージの上着を羽織った。屋上にでも避難するつもりだ。 神宮は、同学年で最もダサくてウザくてキモイと評判の男だ。なのに、恐ろしいことに、私の小指の糸はヤツと繋がっている。一体私の人生に今後どんな悲劇が起こればヤツと結婚するはめになるというのだろう。 始めて入学式でヤツを発見したときの、奈落の底に突き落とされたような感じを、今もはっきり思い出せる。 不健康そうな白い小太りな体、分厚いメガネ、ぼさぼさの髪、どこを見てるんだか分からないぼーっとした表情。何も考えていなさそうな顔。口は半開き。いじめられキャラを絵に描いたようなヤツだった。それだけでも腹が立つのに、ヤツはトップの成績で入学したとかで、抑揚のない声で新入生挨拶などをやっていた。 しかも、今仕入れた情報によると、ヤツは縁切り寺の跡取らしい。よりにもよって何で私が縁起でもない寺の息子なんかと。運命を思いっきりのろいたい気分だ。 屋上に上がると、春とはいえまだ肌寒い。3組に好きな男がいる奈々は、サボりに付き合ってくれなかった。嬉々としてマラソンなんかやってる。みんなはいいなあ・・・のんきに恋愛なんかできて。私だって、誰かを好きになってみたい。でも、私とは繋がっていない。そんなの、始めからわかっていたら興ざめするというものだ。 そんなことを考えていたら、ガチャリと、屋上のドアが開く音がした。サボり組が来たらしい。そっちを見て、目を疑った。ヤツだ。神宮 登喜夫だ。固まっている私に気付き、神宮はぺこりと頭を下げた。 「こんにちは。大塚千絵さん。」 抑揚のない声で、恐るべきセリフを口にする。 「なんで、名前を知ってるのよ。」 しかも、フルネームだ。 「有名だよ。僕のこと嫌っているって。みんなが言ってる。」 こっちに来ようとするから慌てて止めた。 「ちょっと!寄らないでよ。」 「ごめんなさい。」 ムカムカする。なんでこんな、腰の低いヤツがこの世に存在してるんだろう。 「でも、僕お礼を言いたくて。サボりって聞いたから、来てみた。」 「はあ?」 「大塚さん、僕のこと嫌いって言ってるから、僕、同情されれる。クラスの人、僕に、話しかけてくれたりするんだよ。僕、無視されなかったの、初めてだから。」 てことは。 「小・中とも、僕みんなに無視されてて、ずっと保健室通いだったんだ。やることなくて勉強ばっかりしてた。」 そんな話、最も興味がない。聞きたくない。だいたい、高校になってまでいじめなんかするか。私は耳をふさいで、ヤツを遠巻きにした。二人きりだと、嫌でも二人の間の赤い糸がくっきり見える。 「あとね、僕も見えるよ。僕らを繋いでる赤い糸。」 予想もしていなかった言葉がかすかに聞こえた。思わず耳をふさいでいた両手を離す。驚いている私におかまいなく、ヤツは淡々と続けた。 「僕のうち、縁切り寺なんだ。僕も小さい頃から、時々、赤い糸が見えてた。」 普通のことのように話すヤツに、やっと言った。 「だ・・・だから何なのよ。」 「僕、それを切る事もできるよ。」 私は嫌だけど、神宮の顔をじっと見た。本当のことらしい。 「・・・・まじ。」 「うん。」 「私が見えるって知ってるの。」 「うん。うちの後継ぎは代々、赤い糸が見える女性と結婚してるから。」 「何で早くそれを言わないのよ。じゃあさっさと切ってよ。」 「いいけど、一度切ったら、次の人を探すのは難しいよ。運命が味方してくれなくなるから。僕もだけど。」 「いいわよ。あんたじゃないなら。」 ヤツはよく分からないと言うようにつぶやいた。 「運命の相手と思うけどなあ。赤い糸が見える同士、話しができるでしょ。」 「でも、やだ。」 「どうして。」 「見た感じがキモイ。」 「外見か・・・・大塚さんが、やれっていうなら、ダイエットでも、整形でもするよ。メガネもやめるし、髪も自分で切るのやめるよ。背はね、今、伸びてるし。」 自覚があるならさっさとすればいいのに。 「無表情だし。口開いてるし。話し方ヘンだし。」 「これはー、赤い糸が見えて、ビックリした顔をしないように、変なこと言わないようにだよ。僕、すぐ顔に出るから。小さいとき、すごく怒られた。」 「腰低いし、自信なさげだし。」 「それは・・・縁切り寺の跡取だから、いじめられてたんだよ。自己防衛だよ。」 自己弁解が多いヤツ。 「・・・いやそうだね。やっぱり、切るね。」 神宮は仕方ないというように目を閉じて、何やら精神統一した。そして、手刀をすうっと二人の間の赤い糸へ下ろそうとした。 「待って。」 思わず、私は言っていた。本当に、無意識で。 「え。」 びっくりして目を開く。ゴマフアザラシによく似てる。 「あんたも、相手を探すの大変になるんでしょ。」 「うん。」 「いいの。」 「いいよ。」 にっこり笑った。 「なんで。」 「好きってそういうことだよ。」 何で、その顔でさらっと言えるかな。 「気持ち悪いこと言わないでよ。でも、ちょっと待って。」 なんだか、ちょっとだけひっかかるものが、ある。 「どうして。」 「どうしてもよ。ちょっと考えることがあるの。いい?糸のことは絶対言わないでよ。あと、私に話しかけないでよ。」 返事を聞かずに、私はさっさとその場を後にした。 言われてみれば、外見なんてどうとでもなる。後は、ヤツを好きになれるかどうかだけど・・・・。くやしいけど、運命ってあるのかも。 何故かというと、さっき、ゴマフアザラシみたいと思ったときに見たヤツの目が以外にきれいだったから。不覚にも、縁切り寺のゴマフアザラシと恋に落ちそうな、嫌な予感がしたんだ。怖っ。 完 ジャンル別一覧
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